Greetings, I'm on my wings.
SOL Music will come lately.







ozuno online
2017/2/14
7月1日に小説がアマゾンで発売されました。



以下は、第一章です。音楽と共にお楽しみください。
ソーサラーズ・レイン



「火を盗む者」




 第一話 巴里雨情

 パリではよく雨を降らせた。
 あの街は風がないと、車の排気ガスが逃げなかった。それが、一雨降ると嘘のように浄化されることに気づいた頃、覚えたばかりの技を使った。ジャコビ通りの安宿の三階から、濡れていく裏通りを眺めた。路上にはスズキの黄色い大排気量バイクがずっと止めてあり、急いで道行く人々がまばらに見えた。
 雨乞いの成否判定ルールは、一両日中の降雨である。三日経って降ったとしても、自然現象と区別がつかないと考えたからだ。失敗に終わったことが一度あるが、ほぼ確実の成功率だった。それについては誇ってよかったが、あまり役に立たない授かりものだと思っていた。田畑に農業用水道まで引かれる今日、そんな力に何の用途があるだろうか。しかし少なくとも、意図した雨乞いが実際ものの役に立ったその時には、片頬に不敵な笑みを浮かべるくらいはしたさ。
 暫く雨を眺めた。左手が掛かる青銅の窓格子、曇天の空、振り返れば薄暗い部屋、ベッドの白いシーツ、旅装と昨夜飲んだワインの空瓶。自分は一体何者なのか、不思議になった。
 追想の街角、横たわる者。あれは誰だったのか。顔に白いハンカチをかけられたアフロ・ヘアのやせ細った男。アフリカからユーロ圏への密入国者は多い。早朝には、辺りに誰もいなかった。行き倒れに見えなくもなかったが、まさか酔って寝ているのだろうと思い、離れ、街をさ迷い、次に通りがかると道一杯の人だかりになっていた。中にビデオカメラを持ったスーツの女性がいて、刺し子半纏を裏返しに着た私が珍しかったのか撮影された。すれ違いざまに機材を見ると、アンテンドゥのロゴが入っていた。背中で、ぼんやりと、密入国者が野垂れ死んだニュースのボツネタ映像を眺める彼女を思い浮かべた。
 (俺は決して密入国者じゃなかったはずだが・・・)
 片頬で苦笑い。

 人が何を信じるのか。何なら信じることができるのか。自由なことに見えて、それは時に打たれた箍のように過去に巻きついている。私は詩を信じた。ランボーのように、それ自体が呪術であるような。
 モンパルナス付近の安宿を転々とし、パリを歩き回った。陽が射ささない街路を行く。ジャズのライブハウスの灯のないネオンサイン。軒先に洒落たポストカードを並べた小さな画廊。そして突然視界が開け、広場に出る。壮麗な灰色の建物が、金色の女神像を屋上に冠っていた。そのコントラストにかなりの違和感があったので印象されているオペラ・ガルニエ。

 ─── 涙がこぼれた、私は金色を見た (それは飲むことができなかった)

 建物の上、まるで中空に浮かぶように見える有翼の女神像を眺めながら、そんなランボーの一節を想い起こしたものだった。詩集「地獄の季節」の、オワーズ河を徘徊するくだりだ。けれども、私がパリで見た金色は、セーヌの水面に落ちた夕陽の光に止めを刺す。幾分赤みが掛かり、鈍くとろけるような金色は、絶後の観光だった。欧州の脆い陽光が作る光景は、日本とは違う光彩を放つ。

 ─── もう一度見つけたぞ
 ─── (何を?) 永遠を
 ─── それは海に溶けあう
 ─── 陽光

 有名な一節だが、「もう一度見つけた」ことに注目するなら、詩集の中で既に一度見つけていることが表出されていなければならない。(無論、私が指示するのは前に引用した詩句の中の金色である。)そして、こんなもの言いが許されるなら、永遠とは刹那に引き起こされる精神現象であって、その引き金は陽光によって金色に染まる水面であってもよい。私は決して永い時間のことを語っているのではない。
 永遠、この時間が止まる感覚に、とかく人は魅了される。それは稀有な光景の印象だけでなく、例えば密な恋愛とか、もっと卑近な例なら賭け事に勝った「時」の刹那なのだ。経験があればわかるはずだが、人がエタニティを感じるとき、自我意識は飛んでいる。ということは無意識が開口しており、その無時間性にアクセスする。無意識に時間がないことは、他ならぬユングの学説だ。これが時が止まる仕組みだと思っている。

 ジャゴビ通りにあるウエスト・ホテルは、経営者家族がフロント横にある部屋のテーブルで夕食の団欒をした。時にはグラタンと焼けたチーズの匂いと共に吹き抜けの螺旋階段を上がらなければならなかった。いつもフロントに立つ50過ぎの経営者は、マーロン・ブランドのような渋い顔の人だった。食卓には若い娘の姿もあり、壊れていない家族の一幕を演じていた。それに引き換え、私が部屋で喰うのはバゲットとチーズ、飲むのは赤ワインだ。
 メシはスーパーで買う。海外旅行では、雪駄や半纏で悠然と歩き回るから、ファンができた。スーパー帰りにフィル・コリンズに似た男が追いかけてきて、喜色満面でワインの開け方を教えてくれたこともあった。有難迷惑のようなことでも、そういう触れ合いは嬉しい。ワインと間違えてワイン・ビネガーを買ったことがあるのだが、「オー・ノー」などという声が聞こえたりもした。もっとも、それは幻聴だっただろう。ホテルで一口飲んで、初めてきちんとラベルを見た。奈落へ落ちるような気分になった。ラップ音は日常茶飯事だったし、幻聴も時に現実と区別できなかった。しかしそれはソーサラーが通らねばならない魔境だとわかっていた。
 ある晩の事、ドアをノックする者があった。あらかた食事を済ませていたから、ラッパ飲みのワイン・ボトルを置いて応対した。八十過ぎの老婆がネグリジェ姿で立っていた。細長い顔に刻まれた皺、頭にはネットを被っていた。私を見て困惑した表情を浮かべた。大方、部屋を間違えたのだろうと思った。
 「雨を降らせたのはあなた?」
 (違いますよマダム。雨は雲が降らせます)
 相手の英語も流暢なものではなかったが、こちらもそうなので、ニッコリ笑って心の中で言った。
 「失くしてしまったの」
 (何をですか)
 どうやら隣の部屋から徘徊してきたようで、向こうの開きっ放しの扉から光が漏れていた。30歳位の女性の声が、「ごめんなさーい、頭が少しボケちゃっているの」と言っているのが聞こえた。孫だろうか。彼女に呼び戻されて、老婆は帰ろうとした。
 "Hey, hey you wait. This is an amethyst. You keep it" (あ、ちょっと待って。これアメジストだけど、あげるよ)
 "What for" (なんの為に?)
 "For your memory" (想い出に)
 自分が付けていた紫水晶のペンダントをあげた。老婆はしげしげとペンダントを眺めながら部屋へ帰っていった。私は普通には使えない陰の層の力にアクセスできることがわかっていたので、それは無駄にはならないはずだと思った。それはきっとそうなるはずだと信じた。
 (ティンカーベルの魔法のスティックの一振りさ)
 数日のあと、いつも行くモンパルナスの駅前広場で、くだんの若い女性に呼び止められた。丁度プレスされたホットドッグを食べていた。慌てて、くちびるの端についているかもしれないケチャップを指でぬぐった。
 「お婆さんがあなたにお礼が言いたいっていうの」
 しかし、けれども、お礼は言われなかった。老婆はアメジストのペンダントをちょいとつまんで見せて、意味ありげな微笑を浮かべただけだった。ならばとて、用済みになったらしいペンダントを私に返してくれる気もなさそうだった。欧州人で若い層なら大抵英語ができるが、存外使いたがらない。老いた層はそもそも英語がしゃべれないから、その老婆はインテリだったと思う。パリにどんな想い出があったかは知らないが、永遠はきっと、六角水晶のような形をしていると思う。




【注】
ランボーには色々な翻訳があるので、誤解を避けるために引用文に対し原文を載せておく。本文中の訳出は句読点も含めて出来る限り原文に忠実に行っている。
Ell est retrouvée!
── Qoui? ── l'Éternité.
C'est la mer mêlée
Au soleil.
mêléeは英語のmixに相当する単語である。


無敵のマイ・バージョン


「絶世の美女」



絶世の美女のガブちゃんです。お顔はもう、こんな若いのに魔女クラスですね。目が強い。唇も強い。時々ギターを取り出して弾いたりしますが、それがまたうまい。でも、この人の本当の魅力は、お乳です。服の上からでもわかりますが、本当に柔らかそう。ガブちゃんのお乳、いいなあ。

「俺のオヤジはね」



ジャン・ピエトロ・フェリーニさんです。
この人の持っている空気感はすごいですね。
私はよく泣いてしまいます。



「クリスマス・キャロル」



ジョン・テべスさんのマイ・バージョンです。1970年のアルバート・フィニー版のミュージカル映画の挿入曲ですが、これはもともと端曲でしかなく、テべスさんが完璧な楽曲に仕上げました。起立喝采ですね。



「俺は恋人が欲しいんだ」



マービン・ウィリーさんのビデオです。
素晴らしいタレントです。
もう、一回見たら忘れられないですよね。



「俺を帆柱に縛れ」



ヨシュア・ウォースさんは寝ぐせが可愛いので好きです。
泣きながら歌っている。その気持ちはよくわかる。






Puppy's Dreams




SOL Music







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